障がいの告知
15歳のひとり息子、そう君。
私(そう君ママ)は24歳で結婚し、26歳で彼を出産しました。
そう君の障がいが判明したのは、妊娠8ヶ月に入ってすぐのこと。それまでは特に異常もなく過ごせていました。ある日、 胎児に原因不明の脳出血(グレードIII)が確認され水頭症を併発、おそらく重い障がいが残るだろうと言われるほど重度の脳出血でした。そして、医師からは「最悪お腹の中で亡くなるかもしれない」と告知されました。
正直、妊娠中はこの子と一緒にいなくなった方がいいと思ったこともありました。告知を受けた時は入院中で、告知後メンタルが不安定だった私を一人にしないよう、夜中はパパや私の両親が交代で泊まり込み付き添ってくれました。
そんな状況の中、なんとか正産期まで持ちこたえ、そう君は予定帝王切開で生まれてきてくれたのです。
「今、幸せですか?」
その問いに答えるなら、正直に言います。
「とっても幸せです」
幸せの尺度は人それぞれ。 周りから見れば、我が家は「大変そう」「不幸」「可哀想」そんな風に見えるのかもしれません。
「隣の芝生は青く見える」といいますが、周りと比べてもキリがないと分かってはいても、羨ましい気持ちが勝ってしまう時もありました。
特に息子が小さかった頃の私は他の人と比べてばかりでした。
- 普通に家族旅行へ行けること
- 目が見えること
- 気兼ねなく外食に行けること
- 急なスケジュール変更でも平気なこと
- ニコニコと情緒が安定していること
- 夜ぐっすり眠ってくれること
言い出せばキリがない程、他人と比べてしまう時期がありました。
でも、大変だった時期を乗り越えて気づいたのは この子や家族と共に過ごせる時間は、無限ではないということ。
だからこそ、人と比べて落ち込む時間はもったいない。
1秒でも多く笑って、人生を楽しんでほしい。今はそう心から願っています。
親として願うのは、そう君が笑って暮らせること。 パパとママは、ただそれだけで幸せです。
暗黒期を乗り越えて見えたもの
26歳、新米ママだったあの頃。 障がいを知って絶望し、「人生終わった」とさえ思っていました。
実際、これまでの育児も決して容易ではありませんでした。 小学2年生まで続いたひどい睡眠障害。夜中に泣き叫び、ドライブに連れて行かないとパニックになる日々。3時間続けて眠れたらいい方……。
そんな「暗黒期」も、なんとか乗り越え今があります。 はっきり言って、壮絶な子育てでした。それは現在進行形ではありますが、15歳になりようやく落ち着いて暮らせるようになってきつつあります。
大変な子育てですが、私たちが与えてばかりではありません。 息子から教えてもらったことも、たくさんあります。
健常児なら当たり前にできてしまうことも、そう君は何度も何度も、年単位の時間をかけて訓練します。ようやくできるようになった時の喜びと感動は、何物にも代えがたい宝物です。
日々、懸命に生きる我が子をそばで見ていると、誰かと比べることなんて忘れてしまうほど、「生きるって素晴らしい」と感じさせてくれます。
新米パパママに伝えたいこと
もし今、出産した頃の私と同じように、暗闇の中で絶望しているママやパパがいたら、これだけは伝えたい。
「大丈夫、いつか笑える日が来る」
今はまだ、先が見えなくて、夜が明けるのが怖くて、涙が止まらないかもしれません。 でも、15年経った今、私は胸を張って「幸せだ」と言えます。
ゆっくりでいい、歩みが止まってもいい。 そう君が私に教えてくれたように、一歩ずつ子どもと一緒に成長していけば良いんです♪

そう君ママそう君との暮らしは、Instagramでも発信しています。
15年間の歩みや、今の私たちのリアルな日常を覗きに来てくださいね。
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